【開催報告】第5回YILオンライン講座 #8 流体力学研究創発センター

矢上イノベーションラボラトリー(YIL(イール)所在地:神奈川県横浜市港北区日吉3-14-1/ディレクター:多田宗弘)は、慶應理工の研究ユニットによる研究のご紹介や、新たな科学・技術の解説をオムニバス形式でご紹介することを目的とする、YILオンライン講座を開催しました。
第5回は、流体力学研究創発センター深潟 康二教授および、次世代インタラクション開拓ユニット井上正樹准教授をゲストに招き、2026年4月16日(木)16時から、オンラインにて開催しました。

本イベントは、産学連携をお考えの企業のみなさまへ、慶應理工の研究領域の概要に対する理解を深め、研究者と民間企業との双方向コミュニケーションを円滑に進めるための基礎的な情報提供を目的としてYIL が主催し、研究者の協力を得て実施しました。当日の発表内容を、後日、資料、動画で紹介する予定です。(公開先は、YIL産学連携アライアンス会員に限ります)

#8流体力学研究創発センターを深潟 康二教授が紹介しました。流体力学研究創発センターは、2025年4月に発足、2026年4月より本格的に活動しています。機械工学をはじめ、化学工学、数理科学、システムデザイン工学、環境情報、物理学、経済学など、幅広い分野の研究者が集まり、新たな流体力学の研究を推進しています。研究対象は、極低温で特異な性質を示す量子流体から、微小なスケールでの流れ(マイクロスケール流れ)、数理モデルの構築、さらには惑星規模の流れや地球の大気循環まで多岐にわたります。こうした多様な視点を融合することで、流れの本質を解き明かすとともに、エネルギー、環境、産業などの課題解決につながる新しい知見の創出を目指しています。

近年、機械学習(AI)は、新材料設計などをはじめとするものづくり分野で急速に活用が進んでいます。流体力学においても、AIを用いることで、これまで把握が難しかった複雑な「流れ」の特徴を効率的に抽出し、理解・予測・制御につなげる新たな研究が展開されています。シミュレーションや実験から得られる膨大なデータをAIで解析し、乱流などの複雑な流れに潜む重要な構造やパターンを自動的に見いだします。特に、AI4S(AI for Science)のロードマップでも重要課題として位置づけられている、自動車周辺に生じる高レイノルズ数の乱流の再現・予測においては、従来の手法では困難だった高精度かつ高速な解析が可能になりつつあります。こうして得られた知見は、空気抵抗の低減やエネルギー効率の向上といった設計最適化に直接活かされます。例えば、自動車の空力性能を高める形状設計や、振動・騒音の低減など、実際の製品開発への応用が期待されています。このように、AIによる流れの特徴抽出は、経験や試行錯誤に依存していた従来のものづくりを進化させ、より高性能で環境負荷の低い技術の実現に貢献します。

近年、「第4の流体力学」とも呼ばれる「データ駆動流体力学(Data-Driven Fluid Mechanics)」が、新たな研究の潮流として急速に注目を集めています。研究者数や関連論文は世界的に大きく増加しており、その広がりは国際的な学術動向にも顕著に現れています。実際に、国際理論応用力学連合(IUTAM)による「Machine Learning in Diverse Fluid Mechanics」や、「1st Symposium on AI Fluids」といった国際会議の開催からも、AIと流体力学の融合分野が急成⾧していることがうかがえます。

深潟研究室では、熱や流体の流れを自在に制御・最適化することで、エネルギーの有効活用や環境負荷の低減に貢献する研究を行っています。具体的には、流れの抵抗や振動を抑える技術、物質の混ざりやすさや熱の伝わりやすさを高める技術、さらには効率的な燃焼を実現する技術の開発に取り組んでいます。これらを実現するために、最新の制御・最適化手法を提案し、理論解析・大規模シミュレーション・実験を組み合わせて、その効果を総合的に検証しています。

また、2018年頃より、流体力学に機械学習を取り入れた研究を継続的に進めています。特に初期の3年間では、複雑な流れの中から本質的な特徴を抽出し、その振る舞いを少ない情報で表現する新たな手法の開発に取り組みました。主な成果は、2つです。1つは、 複雑な流れをシンプルにする技術(代理モデル(低次元モデル))です。空気や水の流れは非常に複雑で、例えば、水道管の流れでも数百万の変数、自動車まわりでは数億~数十億、航空機では数兆規模といった膨大な計算が必要になります。本研究では、こうした巨大な情報の中から特に重要な動きだけを抽出し、数個~数十個の変数で表現する「低次元モデル」を構築しました。これにより、計算の大幅な効率化や制御・設計のしやすさ向上を実現し、複雑な流れの理解を大きく前進させています。2つ目は、足りない情報を補完
する技術です。(機械学習を用いた流れの補完(推定))技術です。機械学習は、「わからない部分を推定する」ことが得意であり、この特性を活かして次のようなことを可能にしました。粗いデータから高精度な流れを再現、限られたセンサ情報から流れ全体を推定、実験画像の欠損部分を補完、2次元データから 3次元構造を推定、これにより、従来は観測や測定が難しかった領域もデータから“見える化”することが可能になっています。これらの取り組みにより、流体のような複雑な現象を「シンプルに理解し」かつ「不足を補いながら再現する」という新しいアプローチが実現しました。

また、流体(空気や水の流れ)をより少ない変数で表現するために、「AI技術を活用した新しい特徴抽出手法「CNN-AE」の研究を進めています。CNN-AEとは、画像認識などに使われる人工知能(CNN:畳み込みニューラルネットワーク)を用いて流れ場を記述する変数の数の削減(次元削減)を測る手法です。これにより、流体運動を少ない数の変数で記述することが可能になります。この低次元化された記述に制御理論を適用し、空気の流れを制御することにより、航空機や自動車の性能向上、環境問題への応用(風・気流の最適制御)などへの活用が期待されています。

さらに、AI(CNN-AEと同様の構造)を活用し、流体の動きを従来とは全く異なる方法で再現する新たな技術を開発しました。本研究では、流れのある時刻の状態から次の状態への変化をAIが学習することで、これまで必要だった大規模な数値計算(DNS:直接数値シミュレーション)を、AIで代替する手法を実現しています。従来は、流体の動きを再現するために膨大な計算を一つひとつ積み重ねる必要がありました。これに対し本研究では、流れの変化そのものをAIが学習し、直接予測することで、計算モデルを明示的に構築せずに流れをそのまま再現するという新しいアプローチを可能にしました。この手法の大きな特長は、計算の速さです。従来の手法に比べて、数百分の1の計算コスト、それでいて、従来と遜色ない精度(統計的特性)を実現、「速くて正確」という両立が可能になりました。さらに、この技術はシミュレーションの「流入条件」としても活用可能であり、流体シミュレーション全体の高速化、設計・最適化の効率向上、リアルタイム解析への応用など、大きな波及効果が期待されています。

加えて、AIを用いて複雑な流体の動きをシンプルに表現し、その背後にある数理法則(方程式)を導き出す研究を進めています。本研究では、まずAI技術(CNN-AE)を用いて、膨大で複雑な流れのデータを少数の重要な要素に圧縮(低次元化)します。そのうえで、「SINDy」という手法を用いることで、その変化のルールを表すシンプルな数式(常微分方程式)を導出することに成功しました。これにより、複雑な流体現象を理解可能な形で表現する新たなアプローチが実現しています。

他には、AI(機械学習)を活用し、粗い情報から高精度な流れを再現する「超解像技術」の研究を進めています。本研究では、あらかじめ学習したAIモデル(訓練済みネットワーク)を用いることで、低解像度の流れデータから、より詳細で精密な流れの状態を推定することが可能です。

限られたセンサ情報から流体の全体像を推定するAI技術の開発を進めています。本研究では、「混合密度ネットワーク」という手法をベースにした確率的なAIモデルを用いることで、流れの予測結果(どんな状態か)と、その予測の確かさ(どれくらい信頼できるか)を同時に算出することを可能にしました。

実験で得られる粒子画像から流体の速度場を推定するAI技術を開発しました。シミュレーションデータで学習したモデルを用いることで、観測できない領域も含めた流れ全体を高精度に再現することが可能です。

2次元の観測データから3次元の流れを推定するAI技術を開発しました。限られた情報から空間全体の流れを再現でき、流体計測や解析の高度化が期待されます。

流れの制御に機械学習を用いることにおり、新たな流れの制御手法構築の方法論の提案や、乱流モデルを自己深化させていくという新しい乱流モデル科学の確立に向けた研究をも行っています。

最後に、企業との共同研究を行う余裕はありませんが、唯一共同研究を考えても良いケースは、社会人ドクターとして本気で博士号を取りに来る方を派遣していただける場合です。また、年4回以下の技術指導であれば可能ですので、ご相談ください。