RESEARCHER'S VOICE

#2 未知の量子物性から
未来のデバイスへ
~半導体社会を支える新しい電子材料の創出をめざして~

肥後 友也 准教授 理工学部 電気情報工学科 准教授
理工学研究科 総合デザイン工学専攻
電気情報工学カリキュラム 准教授
#2 肥後 友也

物質の中に潜む、まだ誰も知らない物理現象を見つけ、それを未来の情報社会を支える技術へと育てていく。それが、肥後先生の研究です。

現在の情報社会は、半導体を中心としたさまざまな電子材料によって支えられています。

一方、AIやIoTの普及に伴い、膨大な情報をより高速かつ省エネルギーに処理する技術が求められていますが、既存の材料や動作原理の延長だけで満たしていくことは、難しくなりつつあります。

こうした課題に対し、肥後先生は、従来の材料の改良だけではなく、電子が持つ量子的な性質を積極的に活用した新しい電子材料の研究に取り組んでいます。

その中心となるのが「量子機能材料」です。

肥後先生は、従来材料の性能を単に高めるのではなく、電子が持つ量子的な性質を新しい機能として活用することで、これまでにない情報処理やセンシング、エネルギー変換を実現しようとしています。こうした材料は、次世代エレクトロニクス技術を支える基盤となることが期待されています。


バンド構造という”電子の天気図”

肥後先生

肥後先生の研究の根幹にあるのが、「バンド構造」の理解です。

バンド構造とは、物質の中で電子がどのようなエネルギーを持ち、どのように動けるかを表したものです。先生はこれを「電子の天気図」に例えます。

天気図から風や雨の動きを読み取るように、バンド構造を知ることで、電子がどのように動きやすいか、また電気・熱・光に対してどのような応答を示すのかを予測することができます。

「電子材料を考えるときは、バンド構造を理解することが重要です。特徴的なバンド構造からは、新しい物理現象や、これまでにない電子機能が生まれる可能性があります。」

近年は、第一原理計算などのシミュレーションやマテリアルズインフォマティクスによって、膨大な物質の中から有望な材料候補を探索することが可能になってきました。しかし、計算によって興味深い電子状態が予測されたとしても、それだけでは十分ではありません。実際に材量を作製し、それが実際の材料でどのような物性として現れるのかを測定してみなければわからないことがあるのです。

肥後先生の研究室では、理論研究や先行研究から導き出された電子状態の知見を手掛かりとして、自ら薄膜材料を作製します。そして、その材料が示す電気・磁気・熱・光応答を詳細に測定し、予測された特徴が実際の物性として現れているのかを実験で確かめます。さらに、得られた結果を理論予測と比較しながら、現象の起源を理解し、新たな材料設計やデバイス開発へとフィードバックしていきます。

「材料を設計する、作る、測る、理解する。そして次の材料へつなげる。このサイクルを回し続けることが、新しい電子機能の創出につながるのです。」

「その研究は、社会の役に立つのですか?」という問い

肥後先生が現在の研究スタイルにたどり着くきっかけは、学生時代に抱いたある葛藤でした。

修士課程では、「フラストレート磁性体」と呼ばれる磁性体の研究に取り組んでいました。その後、博士課程へ進学する前には、約2年間企業で働いた経験があります。

就職活動や入社後、自身の研究について説明するなかで、たびたびこんな問いを受けました。

「その研究は、どのように社会の役に立つのですか?」

フラストレート磁性体の研究、とりわけ「磁気フラストレーション」は、それ自体が興味深い基礎物理であると同時に、高温超伝導などの複雑な物理現象を理解するうえでも重要な概念の一つです。しかし当時の肥後先生は、自分の研究と将来の技術とのつながりを、自分自身の言葉で十分に説明できないもどかしさを感じていました。

「研究そのものはとても面白い。でも、社会にどうつながるのかと聞かれたときに、自分の研究と将来の技術との間にある距離を、うまく説明できないところがありました。」

そこには、研究者としての率直な葛藤もありました。

「高温超伝導を理解するための研究をしていましたが、自分の研究によって実際に超伝導の性能を向上させられたわけではありません。基礎研究の意義は理解していても、その成果と社会との距離を意識することがありました。」

もちろん、基礎研究はすぐに製品や技術へ結びつくことだけを目的とするものではありません。未知の現象を発見し、その仕組みを明らかにして知識として積み重ねていくことが、将来の科学や技術を支える最も重要な土台となっていきます。

それでも肥後先生の中には、研究成果を社会へ届けたいという思いが強く残りました。

企業で働き、産業との接点を持った経験を通じて、

「新しい物理現象を発見するだけでなく、その現象を実際の技術へとつなげるところまで自分の手で挑戦してみたい」

と考えるようになったのです。

この思いが、現在の研究スタイルの原点になっています。
物理現象を発見する。
その起源を理解する。
材料を設計し、実際に作る。
さらに、デバイスとして機能を実証する。
基礎研究から社会実装までを一つの流れとして捉える肥後先生の研究は、こうした原体験から生まれました。そして今も、その挑戦は続いています。

反強磁性体の可能性を信じて

肥後先生

基礎物理の発見から、その先のデバイス開発まで自分の手で行いたい。そんな思いを抱いていた肥後先生に、大学院時代の恩師から、一つの提案がありました。それは、これまで研究してきた一風変わった磁性体を、磁石を用いた不揮発性メモリ「MRAM」の材料として使えないか、というものでした。その発想に大きな魅力を感じ、肥後先生は博士課程学生としてアカデミアに戻ります。

対象となった「反強磁性体」は、磁気的な性質を持ちながらも、外から見ると磁石のようには見えない材料です。当時は、反強磁性体の状態を電気的に読み出したり制御したりする方法が十分に確立されておらず、電子デバイスへの応用は難しいと考えられていました。
それでも肥後先生は、この材料には未知の電子機能が隠されていると考え、研究を続けました。

「修士課程からこの材料の物理を見てきたので、何か新しい電子機能を引き出せるはずだと信じていました。」

しかし、その可能性を証明することは簡単ではありませんでした。
新しい物理現象を見いだし、さらにデバイス開発に欠かせない薄膜を作製できるようになるまでには、およそ6年を要しました。
当時は研究例もまだ少なく、参考にできる先行研究も限られていました。自分たちで仮説を立て、材料を作り、測定し、その結果から次の実験を考える。試行錯誤の連続でした。

「他の人の真似をすればできる研究ではありませんでした。自分で考えて、作って、測って、議論する。その繰り返しでした。」

こうした挑戦の先に、新しい物理現象の発見と、反強磁性体をデバイスへ利用する道が開けていきました。現在では、反強磁性体は次世代不揮発性メモリの新しい材料候補として、世界的に研究が進められています。

反強磁性体の可能性を信じて研究を続けた6年間は、現在の肥後先生の研究を形づくる重要な時間となりました。

「誰も挑戦していないからこそ、自分で道を切り拓く。」
材料設計からデバイス実証までを一貫して進める現在の研究スタイルには、このときの経験が色濃く息づいています。

次世代エレクトロニクス技術を支える材料を目指して

肥後先生が見据えるのは、量子機能材料の中で見いだした新しい物理を、実際の技術へとつなげていくことです。

その一つが、次世代の情報デバイスです。
反強磁性体をはじめとする量子機能材料では、電子のスピンや特徴的な電子状態を利用することで、従来よりも高速かつ低消費電力で動作するメモリや情報処理デバイスへの実現が期待されています。

一方で、情報を「記憶する」「処理する」だけでなく、周囲の変化を「検出する」ための新しい材料やデバイスの研究にも取り組んでいます。
例えば、熱を電気信号へ変換する量子機能材料を利用した「熱流センサー」は、わずかな熱の流れを検出することができます。電子機器や自動車、産業設備などの熱マネジメントへの応用が期待できます。こうした研究は、熱をより精密に把握・制御する熱マネジメント技術の高度化に加え、未利用熱を電気へ変換する熱電発電への展開も期待されています。

さらに、光や磁気などに対する新しい応答を利用したセンシング技術や情報処理技術の研究も進めています。
こうした取り組みに共通しているのは、「新しい物理現象を発見すること」と「社会で使える技術へつなげること」を切り離さない姿勢です。

「新しい物理現象を見つけるだけではなく、その現象を発見し、深く理解した研究者自身が、その可能性をより実用化に近い研究を行う研究者や技術者へと橋渡ししていくことが大切だと考えています。」

量子機能材料が支える未来へ

最後に、将来どのような世界を実現したいかを伺いました。
先生は、人類の歴史を支えてきた材料の変遷を挙げながら、研究への夢を語ってくださいました。

「土器、鉄、石油、そして半導体。人類の暮らしや産業は、新しい材料の登場によって大きく変わってきました。」

そして、こう続けます。

「将来、今の時代を振り返ったときに、半導体とともに我々が開発した材料が社会を支える重要な電子材料になっていたら、研究者としてこれ以上うれしいことはありません。」

未知の物理現象を発見する。
その仕組みを理解し、新しい材料機能として引き出す。
そして、その可能性を未来のデバイスへと育てていく。

基礎物理の発見から、材料・デバイスの創出まで。

肥後先生は、今日も、量子機能材料が拓く新しいエレクトロニクスの可能性を追い続けています。


Appendix

肥後研究室の研究アプローチ

肥後先生の研究の出発点は、物質の中で電子がどのような状態をとり、どのように動くのかを理解することです。特に「バンド構造」や「スピン構造」に着目し、狙った電子機能を実現するために元素の組み合わせや結晶・界面構造などを設計します。

そして、スパッタ法などの成膜技術を用いて自ら試料を作製し、電気・熱・光などの入力に対して、どのような応答を示すのかを実験で調べることで、新しい物理現象を見つけ、その発現原理を明らかにしていきます。さらに、その現象を活用したデバイスを作製し、実際に利用できるかどうかを検証します。

物理現象の発見と理解からデバイス開発までを一貫して進めることが、肥後先生の研究の大きな特徴です。