RESEARCHER'S VOICE

#1 ナノの世界から未来を変える。
振動を自在に操る人工物質の研究
~人工的に設計した物質で、従来の限界を超える機能実現に挑む~

新居 陽一 准教授 理工学部 物理情報工学科 准教授
理工学研究科 先端数物科学専攻
物理情報工学カリキュラム 准教授
#1 新居 陽一

新居先生は、固体量子物性やナノデバイスを専門とし、特に「トポロジカルフォノニクス」と呼ばれる新しい音・振動の物理を研究されています。ナノ加工技術によって人工的な構造を設計し、自然界には存在しない波や振動の振る舞いを実現することを目指しています。


自然界にない性質を生み出す

新居先生が取り組む研究の根底にあるのは、「人工的な構造によって物質の新しい性質を創り出したい」という強い探究心です。

ナノメートルという極めて小さなスケールで物質を精密に加工すると、元の材料にはなかった不思議な性質や挙動が現れることがあります。新居先生はそうした人工物質がもたらす未知の領域に大きな魅力と可能性を感じています。

「微細な構造を作り込むことで、自然界にはない性質を、自分の手で自在に生み出すことができる。そこに大きな面白さがあります。」

振動を自在に操る研究

室温から2 K(−271 ℃)までの広い温度範囲、および最大7 Tの磁場環境下で、量子物質の光学・振動・電気・マイクロ波特性など、さまざまな物性を高精度に測定できる。
室温から2 K(−271 ℃)までの広い温度範囲、および最大7 Tの磁場環境下で、量子物質の光学・振動・電気・マイクロ波特性など、さまざまな物性を高精度に測定できる。

現在、新居先生が最も関心を寄せているテーマは「振動の制御」です。

私たちの身の回りの音や振動は、空気や物質の揺れが伝わることで生じています。しかし、その伝わり方は物質ごとに決まっており、自由に制御できるわけではありません。

そこで新居先生は、人工的に微細な構造を作りこむことで、振動の伝わり方そのものを設計しようとしています。

例えば、振動を非常に小さな領域に閉じ込めたり、ほとんど損失なく遠くまで伝えたり、特定の周波数の振動だけを完全に遮断したりすることができるようになります。

「優れた機能を生み出すには、優れた物質が必要です。その物質自体を人工的に設計できれば、振動をこれまで以上に高度かつ意図的に制御できるようになり、これが将来のデバイスや新技術に繋がります。」

実は身近なスマートフォンにも活用されている技術

振動研究というと遠い世界の話に聞こえるかもしれません。しかし、振動制御はすでに私たちの身近な技術の中で活躍しています。

その代表例がスマートフォンです。

携帯電話では、受信した電磁波を一度振動へ変換して情報処理を行う技術が使われています。こうした振動制御技術がなければ、現在の携帯電話通信は成り立ちません。

また、より大きなスケールでは、地震の振動から建物を守る技術への応用も考えられます。

「基礎研究ですが、将来的に社会に役立つ可能性があると信じています。しかも単なる性能向上ではなく、全く異なるメカニズムによって劇的に機能を変えられる可能性があります。」

振動との出会い

現在は振動研究の第一線で活躍する新居先生ですが、研究人生のスタートからこの分野を目指していたわけではありません。

博士課程への進学を機に大学を移り、研究テーマも大きく変更しました。その時に取り組み始めたのが、超音波を用いて磁性体などの物質がもつ電子軌道の性質を調べる研究でした。

「当時は物質評価の新しい手法として利用しましたが、今振り返ると、それが振動との出会いだったと思います。」

この経験をきっかけに、音や振動が持つ奥深さに惹かれ、現在の研究へとつながっていきました。

研究室づくりという新たな挑戦

慶應義塾大学に着任して2年目となり、研究とは別の大きな挑戦も始まっています。

それが研究室運営です。

現在は10名弱の学生を指導していますが、最近は研究そのものと同じくらい、「どうすれば学生が主体的に思考し、研究が加速するか?」を考えているといいます。

「皆、優秀です。だからこそ、どうやったら自分でスイッチを入れて、研究にのめり込んでくれるのかを考えています。」

実は、この悩みは家庭での子育てとも重なるそうです。

小学1年生の長男の成長を見守る中で、教育の難しさを実感する日々を送っています。

「研究室でも家庭でも、どうしたら自分から興味を持って動いてくれるのかという点は共通しています。教育の難しさとやりがいを感じています。」

振動研究の先にある量子技術へ

今後5年ほどのスパンでは、引き続き振動研究を発展させていきたいと考えています。

その一方で、10年先を見据えたときに大きな関心を抱いているのが「量子技術」への拡張です。

新居先生はこれまで物性物理の分野で振動を取り扱って研究してきましたが、現在はその知見を量子の世界へつなげる方法を模索しています。

「ナノスケールの加工技術をうまく駆使しながら物質の中に潜んでいる量子的な性質をどう取り出し、どう活用するか。そのアイデアをずっと考えています。」

世界的に見ても挑戦的なテーマであり、簡単に答えが見つかるものではありません。しかし、だからこそ挑む価値があると考えています。

学生とともに未来を切り拓く

最後に、新居先生に理想の研究者像について伺いました。

返ってきたのは、研究成果だけではない意外な答えでした。

「大きな発見や技術革新ももちろん重要ですが、学生たちが成長して社会で活躍し、また次の世代を育てていく。そんな好循環を生み出せる存在になれたらと思っています。」

世の中にない物質を創り出す挑戦と、人を育てる挑戦。

新居先生は、未来の技術と未来の研究者、その両方を育てようとしています。